サントリーウイスキーのキャッチコピーで有名な“なにも足さない。なにも引かない。”という言葉を私は非常に好きなのですが、それと似た響きが魅力的でここ二年余りずっと私の頭の隅にある言葉をテーマに今回は考えてみたいと思います。それは“Less is More”という言葉です。これは近代建築の三大巨匠の一人に称されるドイツ人建築家ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe)の言葉でその作品のコンセプトだそうです。インターネットで検索すると、色々な人がいろんな解釈を述べていて、どれも読めばなるほどという気がしますが、彼が設計したという建築物や家具の写真も多くのサイトに掲載されており、それらからまた違うイメージを感じ取ることができます。短いが故に実に奥深い。
直訳するなら「より少ないことはより豊かなこと」という感じになりますが、TOC的には「慌てず欲張らない方が収穫が大きい」というのがひとつの解釈です。いきなり現実めいた話になりますが、営業なら商談の投入を少し抑えた方が営業成績は良くなるといったことです。もちろん、単に数やペースを抑えるということではなく、何らか戦略的な選択があるという前提です。特に営業の場合、受注して終わりでなくむしろ始まりなので、良い顧客と良い案件を見つけてそれを確実に拾うことにより多く時間を割きたいところです。
個人的な話ですが、最近Web系で新しい技術が一杯出てきて一体どれが主流になるか分からないから、あれこれ手を付けるのですがさっぱり身に付かない、やはり欲張りすぎなのでしょう。本当はどれでもよいからひとつふたつ選んで基本をちゃんと学んでから、落ち着いて状況を見定めた方が早いなとつくづく感じています。
詰め込みすぎるということ
入り口から入るだけ入れるとどうなるでしょう?大なり小なり能力に差があるので、入り口から出口まで同じスピードで流れないから、投入するスピードより遅いところがあるとそこで詰まります。もしそれを解消するだけの余裕がなければ、あちこち詰まり始めて終には出るものも出なくなってしまう。実際に出てこなくなることはないにしても、入れて出るまでの期間が急速に長くなるのは間違いありません。順番を変えられるものなら、一番遅いところを入り口に置けばよいのですが、何事にも順番というものがあって、そう自由に並べ替えできません。
ここで忘れてはいけないのは、必ずしも詰まるのは内部と限らないことです。自分からは見えないサプライチェーンのどこか、仕入れ、流通、販売、顧客(または市場)、どこでも詰まる可能性があります。ひょっとして今までは無理やり外に押し出していて気づかなかったのかもしれません。最近は至るところに選択肢が増えた上に商品やサービスを乗換え易い環境が整ってきています。同じコンセプト、同じ内容の商品やサービスはそう長続きしません。
能力が余っているからといってそれを埋めるために仕事を入れていると、遅かれ早かれ見える形で自分に影響が及んできます。余力があれば本当は変化に対する機敏さを維持するのに使うべきです。また、サービスの品質を維持するには、通常のプロジェクトと別に顧客サポートや維持メンテナンスのために一定の能力を確保しておかねばなりません。さもないと他社の商品や代替サービスに直ぐ乗換えられます。いくら良い商品でも、問い合わせになかなか回答がないとか、不具合がなかなか直らないと、顧客は離れていきます。内容も質も均されてくると、サービスの品質で選ばれるようになってきます。しかし、こういうところは稼働率が低いと、同じリソースがプロジェクト業務と掛け持ちするケースも多いと思いますが、消防士やピットクルーのように、いくら稼働率が低くても、常時出動できる状態を維持し待機していなければならないのです。もし掛け持ちするなら、ちゃんとその分の負荷を見込んでおかないと、プロジェクトへの不定期の割り込みによるマルチタスキングで予想外の影響が出ます。第一人にかなりのストレスになります。可能なら掛け持ちさせるのは避けたいところです。
人間にとって適度なプレッシャーは心地よいのですが、プレッシャーが高くて仕掛かりが増えるとストレス以外のなにものでもなくなります。もちろん、一時的にプレッシャーの高い時期があってもよいし、自らそうなりたい時も必ずあります。しかし、それが恒常的になれば人は創造性と意欲を失い、生産性を著しく低下させます。いくら時間をかけてもよい成果を出せなくなります。だから少し考えたり休んだりできる余裕が必要なのです。
しかしながら、開発や営業、企画など、人が中心のプロジェクト業務は、今の状態が詰め込み過ぎかどうかについて見解が一致することは滅多にありません。どういう状態であれ、管理や人のやり繰りを改善すればもっとやれると言う人が必ずいます。仮に全体として投入ペースを抑えると決めても、こっちじゃなくそっちを抑えればいいじゃないかという議論になって、事実上元の状態のまま改善しないのが普通です。皆本心では同意していないのです。早めに仕込んでおかないと遅れるとか、早く出さないと顧客が他に取られてしまうとか、どれが当たるか分からないからやれるだけやっておきたいとか、そういう恐怖や焦りが皆にあります。ちょっとやそっとトラブルが目立つようになっても、入るだけ入れようとする傾向は止まりません。空いているところを見つけると、どうしてもそこを埋めたくなるのです。
遅れの連鎖反応的伝播
会社や組織の業務はどれも複数の部門の複数の人間が関わって行う仕事です。必要なとき必要なリソースが使えないと、そこで仕事が滞ることになります。実行中のプロジェクトが増えて、一人が同時に多くの仕事を抱える状態になれば、必要な人が空いていないか必要なものが届いていないと、直ぐに他の仕事に手をつけるようになります。そうして、必要な人やものが来た時には、今度は自分の方が他で忙しくて戻れない、相手は待たず他の仕事に手をつける、そういう行き違いの悪循環が至るところで起きるようになります。
こうした行き違いがプロジェクトの期間を長くするのは間違いありません。しかし、プロジェクトの進行を妨げるのにもっと性質の悪いものがあります。

黒木 市五郎 プロフィール
大学を卒業後、日立系情報処理企業で18年ほど技術系ソフトの受託開発に従事。正に阪神大震災のとき1995年1月ビーイングに入社、土木積算ソフトGaiaのWindows対応版初版、カリテス原価、Avoid避難・Avoid防災など、土木・建築系パッケージソフトの設計と開発を行う。
2004年春、TOC-CCPMの情報収集に着手。そのときからTOCコンサルティンファームの米国Afinitus社および日本のゴール・システム・コンサルティング社との交流が始まり現在に至る。
2005年より社内と顧客での実証実験と並行でCCPM対応プロジェクトマネジメントソフトBeingProject-CCPM初版を開発。現在に至る