ゴールドラット博士は、制約の概念と役割を直感的で分かりやすく説明するために、著書The Goal(日本語版「ザ・ゴール」 ダイヤモンド社)とThe Haystack Syndrome(日本語版「ゴールドラット博士のコストに縛られるな!」 ダイヤモンド社)の中で、ひとつの組織(システム)を一本の鎖(または、複数本の鎖がネット状に結合した格子)に喩えています。鎖を構成する輪は、組織の構成メンバー(リソース、工場や部門、サプライヤー...)とその活動および成果物(製品やサービス)です。その中には、それらの活動を制限または促進する方針や慣例あるいは規則といった無形の因子も含まれます。

直ぐには理解できないかもしれませんが、制約と非制約を区別するということは、輪と輪の相互依存を重視することであり、”強度で鎖の性能を測る“ことです。それに対して、制約と非制約の区別を無視するあるいは認めないことは、輪と輪の間の相互依存を無視することであり、”重量で鎖の性能を測る“ことです。システム全体としての改善を考えるとき、この違いは決定的になります。多くの場合、一方で是とすることが他方では否となるのです。その逆も然りです。

重量を鎖の性能と考える世界では、どの輪を重く(または軽く)しても、システムとしてのパフォーマンスが改善します。要するに、重量は足し算が成り立つ量ですから、大小はともかく、どこを改善しようがその分全体に寄与します。ですから、個別のリソースあるいはプロセスの生産性を追求することに意味があります。この世界ではどの輪も等しく重要です。どれかにフォーカスすることに意味はありません。それを一言で表現すると

Σ 部分の改善 = 全体の改善

となります。この世界では、足し算が成り立ち、部分の総和が全体になります。その世界観を”コストワールド“と呼びます。

一方、強度を鎖の性能と考える世界では、それ自身が一番弱い輪である、または、一番弱い輪への負担を一部肩代わりするのでない限り、その改善はシステム全体としてのパフォーマンスの改善には寄与しません。足し算は成り立ちません。どれもこれも同じという訳にはいきません。ですからどれかにフォーカスすることが重要になります。それを一言で表現すると

Σ 部分の改善 ≠ 全体の改善

となります。この世界観を”スループットワールド“と呼びます。

最初の”コストワールド”という呼び方は、会社の経費をすべての製品(あるいはサービス)に平等に配賦しようとするコスト会計に由来しています。この考え方によれば、製品やサービスごとに個別のコストが計算でき、その積み上げで全体を知ることができます。経費の配賦は、製品やサービスに関わる人や設備の時間に基づいて行われます。”どのリソースであれ”、稼働率が上がれば時間単価が下がり原価が下がります。”どのプロセスであれ”、時間を短縮すれば短縮した時間×時間単価に相当する金額分、やはり原価が下がります。また、在庫にも投入した直接労務に比例した付加価値が付与されます。なるほどこう書くと何となく部分最適の匂いがしてきました。

ゴールドラット博士は、この経費の配賦という考え方こそ諸悪の根源だとして痛烈に批判しています。はじめてTOCを一般向けに解説した著書として知られる小説「ザ・ゴール」のメインテーマはまさにそれでした。
会社全体としての費用が生産する製品の数量や出来高にほぼ比例していた時代なら、コストの積み上げによる評価や意思決定は大きく間違うことはなかったでしょうが、組織も機能分化が著しく進み、設備も非常に大掛かりで高価になってくると、全体の費用が数量や出来高に比例しなくなってしまいました。つまり、個別原価あるいは個別損益が会社全体の縮図ではなくなったのです。
しかし、本当の問題は、数字の帳尻が合わなくなったことではなく、受注判断や投資判断など、現場で日々行ういろいろな評価や意思決定がこれに基づいて為されていることです。しかも、それが皆の頭に染み付いてしまっています。どういうことが起こっているかは、小説「ザ・ゴール」をじっくりご覧ください。

そこでゴールドラット博士は、会社の本来の目標に立ち返ることにしました。端的に言うと、「未来永劫、お金を儲け続け、存続し続ける」ことです。よく知られているように、会社全体がこの目標にどれだけ近づいたかを測る指標は、次の3つです。

純利益(NP) どれだけ儲けているかを示す絶対的指標
投資収益率(ROI) 投下したお金に対してどれくらい儲けているかを示す相対的指標
キャッシュフロー 倒産しないで運営できるか否かを示すYes/Noの指標。これが一定以上でないと倒産する。

ここで博士は会社の目標を次のように言い換えます。

会社の目標:純利益を増やし、同時に投資収益率とキャッシュフローを増やす

次に、博士は、現場(工場や部門)でやっていることが会社の目標に照らして本当に生産的なのかどうかを知るための指標として、次の3つを提案しました。

スループット(T) 販売を通じてお金を生み出す速度(一定の期間内の数値)
在庫/投資(I) 販売するものを購入するために費やすお金
業務費用(OE) 在庫をスループットに変えるために費やすお金

最後に、この3つの指標を用いて先ほどの目標を改めて表現し直します。

会社の目標:スループットを増やしながら、同時に在庫と業務費用を減らす

これが先ほどの目標と表裏一体になっていることは、評価指標の2つのグループの間に次の図の関係があることから分かります。

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※”真の変動費”とは、大ざっぱに言いますと、製品の生産やサービスの履行に連動して発生する費用(材料費や外注費など)であり、製品を生産するあるいはサービスを履行するとしないに関わらず発生する費用は含みません。

ゴールドラット博士は、”コスト”の代わりに”スループット”を一番に持ってきました。その次は”在庫”で”業務費用”は最後です。式の上では、在庫は純利益とは直接の関係はありませんが、品質やスピードなど6つの競争因子を通じて、スループットと業務費用に大きな影響 を及ぼす結果、純利益に無視できない影響を及ぼすことを博士は指摘しています。したがって、在庫は会社の業績にダブルで影響を及ぼします。博士は「日本人は最初からその事を知っていた」と述べています。詳しくは、博士の著書The Race(North River Press, Inc. 1986)をご覧ください。

博士が導入した現場レベルの3つの評価指標は、どれも言葉として新しいものではありませんが、会社の目標に沿った意思決定と活動が行えるルールが導き出せるようにするという意図で、どれも通常の定義とは随分異なっています。

スループット(T)は、入ったお金と出たお金の差(いわゆる粗利)のことですが、”販売“して初めて計上できるとしています。生産によってではないというのがミソです。
在庫(I)は、加工して製品あるいは部品として売るために購入した品目の購入価格であり、直接であれ間接であれ労務費は含まれません。購入価格で評価するところがミソです。ここには、完成品、仕掛かり、そして原材料が含まれます。
業務費用(OE)には、生産数量には比例せず概ね固定的な費用がすべて含まれます。直接と間接を問わず労務費はここに含まれます。固定的とは、時間の経過とともに発生する費用という意味合いがあります。たとえば、給料や役員報酬の他、水道光熱費、消耗品費、減価償却費、それに利息もここに含まれます。

ゴールドラット博士は、小説「ザ・ゴール」の中で、労働によって製品に付加された価値は在庫の一部ではないかという問いに対して、「付加価値を考慮しない方が、投資なのか経費なのかの混乱が無くなるからベターだ」と述べています。要するに、その混乱が如何に害だったかを言いたかったのです。

では、小説「ザ・ゴール」のベアリントン工場での溶接ロボットの導入を例にして考えましょう。まず、導入の結果を列挙すると次の通りです。

  ・効率が39%向上し、製品コストが下がった(はず!)。
  ・新しい機械だから減価償却費が増えた。
  ・人員は配置換えしただけで減っていない。
  ・部品在庫が増えた。
  ・売り上げはずっと横ばいか、少し減っている。
  ・納期に遅れたオーダーが増えた。ここ9カ月急激に増加している。

これらの結果から現場レベルの評価指標を計算します。

スループットの変分(ΔT)=少々マイナス < 0
  在庫の変分(ΔI)=増えた部品在庫に関わる購入費 > 0
  業務費用の変分(ΔOE)=ロボットの減価償却費+在庫の維持コスト > 0

それで会社の業績への影響はどうかといえば、

  純利益の変分(ΔNP)= ΔT―ΔOE < 0
  投資収益率の変分(ΔROI)= (ΔT―ΔOE)/ΔI < 0
  キャッシュフローの変分 = ΔT-ΔOE-ΔI < 0

となり、どの指標もマイナス評価になってしまいました。コスト会計的にはロボットの導入で効率が39%も向上したのだから、製品コストが下がり収益が大きく改善する筈なのに、まったく逆の評価になりました。

そうなってしまうそもそもの原因は、効率やコストを工程やリソースごとに個別に計算することにあります。当然ですが、製品はいろいろな工程を経て生産され販売されます。それがお金に変わるのは顧客への納品または顧客の検収を終えた後です。したがって、会社全体でみれば、個々の工程あるいはリソースの効率やコストを論ずることに意味はありません。工場に入って工場を出るまでの全体としてのフローが改善しない限り意味がないのです。プロスポーツでたとえるなら、アメリカンフットボールでは、どんなに優秀な選手を揃えたとしても、勝負はチームとして勝つか負けるかでしかないのと同じです。

コスト会計の観点ではとんでもないことでしょうが、ベアリントン工場のように工程間に順序依存が存在する環境では、どこもかしこも能力いっぱいに働くと、全体として非常に非効率になります。リソースの能力には差があり、完全には消せない統計的な変動もあるので、どうしてもそうなるのです。博士の言葉を借りると「皆がいつも忙しく働いている工場は非常に非効率だ」ということなのです。

ベアリントン工場では、すべてのリソースの効率を上げてコストを抑えようとして、どんどん資材を投入していました。制約の時間を無駄にしないために、制約を通る部品とそうでない部品を色分けする”優先順位システム”を導入したお陰で、制約を通る赤の部品はタイミング良く最終の組立工程に到着するようになりました。ところが、非制約を通ってくる緑の部品の到着が遅れるようになり、完成品に組み立てることができずに出荷できないオーダーが増えてきました。組立てに足りない緑の札の部品を探すと、そのほとんどが非制約であるフライス盤で足止めになっていました。一方、制約であるNCX-10という機械の前には未処理の赤い札の部品が5、6週間分も山積みになっていました。非制約では緑だけでなく赤の部品も処理しますが、赤の投入があまりに多すぎて、制約で処理しきれていない上に、非制約では優先順位の低い緑には手が回らなかったのです。そこで今度は、制約の能力(工場の能力)に合わせて資材の投入を抑える仕組みを導入することになります。この仕組みを導入すると大部分のリソースで手空きの時間が発生するので、コスト会計の観点からは完全に否定されるのでしょうが、緑の部品も赤の部品も組立てラインまでスムーズに流れるようになり、納期遅れのオーダーは無くなりました。その結果、顧客サービスも改善して、スループットが大きく向上したのです。
再びゴールドラット博士の言葉を借りると「非制約は制約が求める以上に働いてはならない」そして「リソースを使用することと、リソースを活用することはまったく別だ」ということなのです。

話はこれで終わりではなく、継続的に結果を出し続けるために、彼らはコストワールドでは否定されるようなソリューションをどんどん生み出しました。小説「ザ・ゴール」の中盤からそのわくわくする話が出てきます。興味のある方は是非読んでみてください。

詳しいことは別の機会にしますが、この指標を正しく機能させるには”制約がどこにあるか”を無視してはなりません。もちろん、制約が内部にあるのか外部(市場)にあるのかも含めてです。
たとえば、すべての需要に応えるだけの能力が内部にない時の製品ミックスを決めるには、製品のスループットに加えて、制約で費やされる時間を知らなければなりません。つまり、制約を通過するスループットの速度を比較する必要があります。こういった話題でTOCの文献でよく紹介される例題としては、

設備への投資:ある工程の時間が長くなるような投資
原価割れでの販売:特に海外への販売(国内より安い価格で)
外部への委託:単純に内作がよいとは限らない。
小ロット化:段取り換えが増え、資材調達の頻度も増えて、1回当たりの発注量が減るのでコストは高くなるが、本当にそうか。

等があります。もし興味がありましたら、ゴールドラット博士の著書The Haystack Syndrome(日本語版 「ゴールドラット博士のコストに縛られるな!」 ダイヤモンド社)をご覧ください。

黒木 市五郎 プロフィール

大学を卒業後、日立系情報処理企業で18年ほど技術系ソフトの受託開発に従事。正に阪神大震災のとき1995年1月ビーイングに入社、土木積算ソフトGaiaのWindows対応版初版、カリテス原価、Avoid避難・Avoid防災など、土木・建築系パッケージソフトの設計と開発を行う。
2004年春、TOC-CCPMの情報収集に着手。そのときからTOCコンサルティンファームの米国Afinitus社および日本のゴール・システム・コンサルティング社との交流が始まり現在に至る。
2005年より社内と顧客での実証実験と並行でCCPM対応プロジェクトマネジメントソフトBeingProject-CCPM初版を開発。現在に至る

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